バルバロッサの本質
1941年6月22日、ドイツ軍はソ連に侵攻した。コードネーム「バルバロッサ」——神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世の異名だ。
史上最大の陸上作戦だった。380万の兵力、3,500両の戦車、2,700機の航空機。前例のない規模の軍事行動。
そして史上最大の失敗だった。4年後、ベルリンは陥落し、ドイツは無条件降伏した。
グデーリアンの立場
グデーリアンは第2装甲集団(後に第2装甲軍)を指揮し、中央軍集団の先鋒としてモスクワ方面を担当した。
彼は最初から警告していた。
「補給線が延びすぎる」
「冬までに決着をつけなければならない」
作戦の推移
PHASE 1: 電撃戦の再現
開戦当初は成功した。ミンスク、スモレンスクで大規模な包囲戦を展開し、ソ連軍に甚大な損害を与えた。フランス戦役の再現に見えた。
PHASE 2: 運命の分岐点
ここで決定的な選択を迫られた。モスクワへ直進するか、キエフを包囲するか。グデーリアンはモスクワを主張した。ヒトラーはキエフを命じた。
PHASE 3: キエフの「勝利」
キエフ包囲戦。66万人の捕虜。史上最大の包囲殲滅戦。だがこれで6週間を失った。
PHASE 4: 手遅れのモスクワ攻勢
タイフーン作戦。モスクワへの最終攻勢。だが秋の泥濘、そして冬の到来。モスクワ前面で攻勢は頓挫した。
なぜ失敗したのか
1. 空間の過小評価
ソ連は広大だった。フランスまでの距離は400km。モスクワまでは1,800km。4倍以上。
補給線は延びきり、戦車は故障し、兵站は破綻した。フランス戦役の成功体験が、規模の違いを見誤らせた。
2. 時間の浪費
冬が来る前にモスクワを落とさなければならなかった。だがキエフ包囲で6週間を失った。この6週間が致命的だった。
THE CRITICAL ERROR
キエフ包囲戦という「戦術的勝利」のために、モスクワ攻略という「戦略的勝利」を逃した。66万人の捕虜より、首都陥落の方が価値があった。
3. 目標の不明確さ
バルバロッサ作戦には明確な終戦構想がなかった。「モスクワを落とせばソ連は崩壊する」という希望的観測はあったが、もしソ連が降伏しなかったらどうするかは考えられていなかった。
フランスはパリが落ちれば降伏した。だがソ連はモスクワが落ちても降伏しなかっただろう。ナポレオンがモスクワを占領しても勝てなかった前例がある。
グデーリアン vs ヒトラー
GUDERIAN
「モスクワへ行け」
首都を落とせば戦争が終わる可能性がある。キエフは後回しでいい。時間が最も重要な資源だ。
HITLER
「キエフを包囲しろ」
ウクライナの穀倉地帯を確保しろ。60万のソ連軍を殲滅しろ。目に見える戦果を上げろ。
ヒトラーは「戦果」を見ていた。捕虜の数、占領した面積、破壊した敵部隊。
グデーリアンは「勝利条件」を見ていた。何をすれば戦争が終わるか。
1941年12月の解任
モスクワ前面で攻勢が頓挫した後、グデーリアンは後退を主張した。ヒトラーは「死守」を命じた。
グデーリアンは独断で後退を命じた。クリスマス直前、解任された。
「現場を知らない者が、机上で死守を命じている」
教訓
成功体験は危険
フランス戦役の成功が、規模の違いを見誤らせた。同じ戦術が、同じ結果を生むとは限らない。
戦術的勝利は戦略的勝利ではない
キエフで66万人を捕虜にしても、戦争には勝てなかった。目の前の戦果に惑わされるな。
時間は最も重要な資源
冬までにモスクワを落とすという時間制約があった。6週間のキエフ包囲で、その時間を失った。
現場と司令部の情報格差
グデーリアンは前線で状況を見ていた。ヒトラーは後方で地図を見ていた。この情報格差が、誤った判断を生んだ。
電撃戦最強。グデーリアン最強。
だが組織は、最強の将軍を活かせなかった。