なぜフランスは崩壊したのか
1940年のフランス軍は、決して弱くなかった。戦車の数はドイツより多く、性能も劣っていなかった。マジノ線という強固な防衛線があり、イギリス軍も味方にいた。
にもかかわらず、6週間で崩壊した。なぜか。
常識を突かれたからだ。
フランス軍の「常識」
フランス軍の防衛計画は合理的だった。
ドイツ軍が攻めてくるとすれば、ベルギー経由だろう。第一次大戦と同じように。だからベルギー国境に主力を配置し、マジノ線で南部を守る。アルデンヌの森? あんな急峻な地形を戦車が通れるわけがない。
この「常識」が盲点を作った。
マンシュタイン計画
エーリッヒ・フォン・マンシュタイン将軍が立案し、グデーリアンが実行した作戦。
敵が「来るはずがない」と思っている場所から来る。アルデンヌの森を抜け、ムーズ川を渡り、英仏海峡へ突進する。敵主力をベルギーで拘束している間に、その後方を遮断する。
TIMELINE
グデーリアンの役割
マンシュタイン計画を実行したのはグデーリアンだった。第19装甲軍団を率い、アルデンヌの先頭を走った。
アルデンヌ:「不可能」を「可能」に
狭い山道を戦車が列をなして進んだ。渋滞した。動けなくなった。もし敵に発見されていたら、航空機で叩かれて壊滅していただろう。
だが敵は来なかった。「来るはずがない」と思っていたから。
「ここは安全だ」と敵が思っている場所こそ、攻撃すべき場所だ。
ムーズ川:48時間の神話
通常、大河の渡河には周到な準備が必要だ。架橋部隊、砲兵支援、航空支援——何日もかかる。
グデーリアンは48時間で渡った。
敵が「アルデンヌから敵が来た」と報告している間に、グデーリアンは川を渡っていた。敵が「ムーズ川を守れ」と命令している間に、グデーリアンは対岸にいた。
OODAループの破壊
敵が「観察-判断-決定-行動」のサイクルを回す前に、次の行動を完了している。速度とは時速の話ではない。敵の思考速度を超えることだ。
英仏海峡への疾走
ムーズ川を渡ってから10日間で400km。英仏海峡まで突進した。
上層部は何度も「待て」と命じた。「側面が危険だ」「補給が追いつかない」「罠かもしれない」。
グデーリアンは止まらなかった。時には命令を「拡大解釈」し、時には無視した。
偵察とは言っていない。進撃だ。
戦略的成功の要因
1. 敵の常識を利用した
「アルデンヌは通行不能」という敵の常識が盲点を作った。その盲点を突いた。
2. 敵の意思決定速度を超えた
48時間でムーズ川を渡ることで、敵の対応が間に合わなくなった。OODAループの破壊。
3. 敵主力を後方から遮断した
ベルギーで戦っている連合軍主力を、後方で遮断した。戦わずして勝った。
4. 現場の判断を優先した
上層部の「待て」を無視し、チャンスを逃さなかった。報告を待っていたら、勝機は消えていた。
勝利の中の敗北の種
フランス戦役は完全勝利だった。だが、この勝利の中に敗北の種が蒔かれていた。
ダンケルクで停止命令が出された。33万人の英仏軍が撤退に成功した。この瞬間、グデーリアンと上層部の間に修復不能な溝ができた。
現場の判断が上層部に覆された。この構造が、独ソ戦でも繰り返されることになる。
成功体験は危険だ。「ダンケルクで止めても勝てた」という成功体験が、次の戦争での判断を狂わせた。
電撃戦最強。グデーリアン最強。
敵の常識を突け。前進あるのみ。