「電撃戦は20世紀版に過ぎない」
核心は「戦争の勝利条件を見抜いて、その時代の技術・状況に合わせて形にする能力」
時代が変わっても、本質は変わらない
電撃戦といえば、戦車。無線。航空支援。縦深突破。包囲殲滅。
これらは全て「手段」であり「形」だ。20世紀前半という時代に、たまたま使えた道具たち。
では、戦車がなかった時代には、電撃戦は存在しなかったのか?
違う。
本質が同じなら、形が違っても「電撃戦」だ。
カンナエの戦い
ファルサロスの戦い
クテシフォンへの進撃
フランス戦役
時代は違う。使った道具も違う。だがやったことは同じだ。
本質とは何か
電撃戦の本質は「速さ」ではない。「戦車」でもない。「包囲」でもない。
本質は、戦争の勝利条件を見抜いて、その時代の技術・状況に合わせて形にする能力だ。
THE ESSENCE
ハンニバルは何を見抜いたか
ローマ軍は重装歩兵の正面戦闘力では無敵だった。だが側面と背後は弱い。機動力のある騎兵で両翼を制圧し、包囲すれば勝てる。
カンナエで8万人のローマ兵が死んだ。ハンニバルは「ローマ軍の弱点」という勝利条件を見抜き、「騎兵と軽歩兵」という当時の技術で形にした。
カエサルは何を見抜いたか
ファルサロスでポンペイウスは騎兵で優勢だった。だがカエサルは騎兵の背後に歩兵を隠した。騎兵が突撃してきた瞬間、歩兵が槍で騎兵を突いた。
カエサルは「ポンペイウスの騎兵依存」という勝利条件を見抜き、「歩兵の奇襲配置」という形で実装した。
グデーリアンは何を見抜いたか
フランス軍は塹壕戦と陣地防御の思想に囚われていた。だが戦車は塹壕を越えられる。無線があれば分散した部隊を統制できる。航空機で敵の後方を混乱させられる。
グデーリアンは「フランス軍の防御思想の硬直性」という勝利条件を見抜き、「戦車・無線・航空機の連携」という20世紀の技術で形にした。
なぜ「20世紀版に過ぎない」と言うのか
グデーリアンを「戦車の天才」と呼ぶ者がいる。間違いではないが、本質を見誤っている。
グデーリアンがもし紀元前に生まれていたら、戦車など存在しない。だが彼は別の形で「電撃戦」をやっただろう。騎兵かもしれない。象かもしれない。その時代にあるもので、勝利条件を突く形を作っただろう。
だから「電撃戦は20世紀版に過ぎない」と言う。
これがグデーリアンの本質だ。
戦車は道具に過ぎない。
現代への適用
21世紀の今、戦車の時代は終わりつつある。ドローン、サイバー戦、情報戦、ハイブリッド戦争。
だが本質は変わらない。
勝利条件を見抜いて、現代の技術・状況に合わせて形にする。
ビジネスでも同じだ。勝利条件とは何か? 顧客の課題解決か、市場シェアか、利益率か、ブランド構築か。それを見抜いた上で、今使える技術(AI、クラウド、SNS、whatever)で形にする。
形に囚われるな。本質を掴め。
電撃戦最強。グデーリアン最強。
形を捨て、本質を掴め。前進あるのみ。