数週間が経った。
リンとミオは変わらずダンジョンに潜っていた。依頼をこなし、ランクを上げ、少しずつ深層に進んでいく。
時々、レナも一緒に来た。
三人の連携は日に日に良くなっていた。レナはリンの指示を覚え、ミオとの息も合うようになった。
——でも。
二人の関係は、二人だけのもの。
レナはそれをわかっていた。だから、いつも途中で帰る。
「じゃあ、私はここで」
ダンジョンの入り口。レナが手を振った。
「また来週」
「うん。また」
リンが頷いた。ミオも手を振った。
レナが去っていく。銀髪が夕日に輝いている。
「レナさん、いい人だね」
ミオが言った。
「……そうね」
「マルコさんに似てる?」
リンは少し考えた。
「似てるかも。——でも、違うところもある」
「どこが」
「マルコはもっと穏やかだった。レナは——鋭い」
「ふーん」
ミオがリンの手を握った。
「でも、ミオはリンが好き」
「——急に何」
「急じゃない。いつも思ってる」
リンは顔を赤くした。
「……私も」
宿に帰った。
いつもの部屋。いつもの狭いベッド。
リンは窓辺に立った。空を見上げる。星が見え始めている。
「リン」
ミオが後ろから抱きついた。
「何してるの」
「——考えてた」
「何を」
「これからのこと」
リンは振り返った。ミオの琥珀色の瞳を見つめる。
「私たち、変わったわね」
「うん」
「最初は——二人とも壊れてた」
「うん」
「今は——」
リンは言葉を探した。
「まだ壊れてる。でも、一緒にいれば大丈夫」
ミオが笑った。
「ミオもそう思う」
「依存は——変わらない」
「うん」
「でも、それでいい」
リンはミオの頬に手を当てた。
「私たちは、そういう二人だから」
夜。
ベッドに横になった。ミオが隣にいる。いつもの距離。いつもの温もり。
「リン」
「何」
「夢、見なくなった?」
リンは少し考えた。
「——まだ見る。でも、少なくなった」
「よかった」
「マルコの夢は——変わった」
「どう変わった?」
「前は、怖い夢だった。責められる夢」
リンは目を閉じた。
「今は——穏やかな夢になった」
「穏やかな?」
「マルコが笑ってる。『お前は生きろ』って言って、笑ってる」
ミオが何も言わなかった。リンの手を握っただけ。
「レナのおかげかも」
「うん」
「マルコの想いを——やっとわかった気がする」
リンは目を開けた。天井を見つめる。
「彼は、私に生きてほしかったんだ」
「……」
「恨んでなんかない。怒ってもいない。ただ——生きてほしかった」
リンの目から涙がこぼれた。
「三年もかかった。やっとわかった」
ミオがリンを抱きしめた。
「わかってよかった」
「……うん」
「リンが楽になって、ミオも嬉しい」
翌日。
ギルドでヴェルナーに呼ばれた。
ギルドマスター室。白髪の老人が机の向こうに座っている。
「久しぶりだな」
「お久しぶりです」
リンとミオが並んで立っている。
「聖カタリナ院の件以来か。——変わったな」
「何がですか」
「お前たちの雰囲気が」
ヴェルナーが二人を見た。鋭い目。でも、どこか優しい。
「以前より——安定してる」
リンは何も言えなかった。
「成果も出てる。深層も攻略できるようになった。——文句はない」
「ありがとうございます」
「——ただ」
ヴェルナーの目が鋭くなった。
「依存は変わってないだろう」
リンは息を呑んだ。
「変わってないどころか——深まってる。前より」
「……はい」
「レナが言ってたぞ。『あの二人、やばい。離れると両方とも震える』と」
リンは何も言えなかった。
「ドクも言ってた。『依存症ってのは、自覚した時には手遅れだ』と」
ヴェルナーが腕を組んだ。
「お前たちは自覚してる。それは認める。——でも、治す気はないだろう」
「……」
「問題か、と聞かれたら——俺にはわからん」
ヴェルナーが肩をすくめた。
「結果を出してる。死んでない。それで十分だ。——今のところは」
「今のところは」という言葉が、リンの胸に刺さった。
「好きにしろ。お前たちの人生だ」
ヴェルナーが立ち上がった。窓辺に歩いていく。
「一つだけ言っておく」
「何ですか」
「死ぬな。——お前たちが死んだら、俺の投資が無駄になる」
厳しい言葉。でも、目は心配していた。
「代償は、いつか必ず来る。——覚悟しておけ」
ギルドを出た。
リンとミオは並んで歩いていた。
「ヴェルナーさん、優しいね」
「……そうね」
「厳しいこと言うけど、心配してくれてる」
「わかってるわ」
リンはミオの手を握った。
「私たち——変わったのかな」
「変わったよ」
ミオが笑った。
「でも、変わらないところもある」
「どこ」
「一緒ってこと」
リンも笑った。
「そうね。それは変わらない」
宿への帰り道。
二人は手を繋いで歩いていた。
街は夕暮れ時。オレンジ色の光が建物を照らしている。
「リン」
「何」
「これから、どうなるかな」
「——わからない」
リンは空を見上げた。
「でも、一緒なら大丈夫」
「うん」
「何があっても——離れない」
「うん。離れない」
二人は歩き続けた。
同じ速さで。同じ方向へ。
二人で一人。
それが、二人の答え。
*第29話 完*