泣き疲れて、三人は黙っていた。
窓から夕日が差し込んでいる。部屋がオレンジ色に染まっている。
リンはベッドに座っていた。ミオが隣にいる。レナは向かいの椅子に座っている。
沈黙が流れた。
でも、重い沈黙じゃなかった。
何かが変わった後の、静かな沈黙。
「リン」
レナが口を開いた。
「うん」
「もう一つだけ、聞いていい?」
「……何」
レナが真っ直ぐリンを見た。
「あの日、本当は何があったの?」
リンは息を呑んだ。
「全部じゃなくていい。あなたの言葉で、聞かせて」
リンは深く息を吸った。
吐いた。
手が震えている。でも、逃げない。
「あの日——」
声がかすれた。
「私たちは中層十二層にいた。依頼は魔物の討伐。難易度は高かったけど、私たちのパーティなら行けると思った」
「……」
「ルートは三つあった。私は右を選んだ。魔物の密度が一番低かったから」
リンは目を閉じた。
「途中までは順調だった。計画通りに進んでた。——でも」
声が震えた。
「突然、魔物の増援が現れた。想定外だった。退路を断たれた」
ミオがリンの手を握った。リンは続けた。
「戦うしかなかった。私は指示を出した。みんなは従ってくれた。——でも」
リンの目から涙がこぼれた。
「一人、また一人と倒れていった。私は何もできなかった。指示を出すことしかできなかった」
「……」
「最後に残ったのがマルコだった。彼は——私の前に立った」
リンは顔を上げた。
「『逃げろ』って言った。『俺が時間を稼ぐ』って」
レナが息を呑んだ。
「私は動けなかった。怖くて。足が動かなくて」
「……」
「マルコが——背中を裂かれた。血が、飛んで——」
リンの声が途切れた。
ミオがリンを抱きしめた。
「いいよ、リン。もういい」
「——最後に、彼が言った」
リンは続けた。止まれなかった。
「『お前は生きろ』って。そして——『大丈夫だって言ったのに』って」
沈黙が流れた。
「私はそれを呪いだと思った。私への恨みだと思った」
リンは涙を拭わなかった。
「だから三年間、ずっと——自分を責めてた」
レナは黙って聞いていた。
涙が流れていた。
そして、口を開いた。
「兄さんは——」
声がかすれていた。
「恨んでなんかないよ」
リンが顔を上げた。
「『大丈夫だって言ったのに』は——きっと、自分に言ったんだと思う」
「……」
「『大丈夫だ、俺が守る』って、あなたに言ったんじゃない?」
リンは息を呑んだ。
そうだった。
マルコは確かに言っていた。「大丈夫だ、俺がいる」と。「俺が守る」と。
「兄さんは——守りきれなかったことが悔しかったんだと思う」
レナの声が震えた。
「あなたを責めたんじゃない。自分を責めたの」
リンは動けなかった。
三年間、背負ってきた重さ。
マルコの言葉は呪いだと思っていた。
でも——違った。
マルコは自分を責めていた。守りきれなかった自分を。
「マルコ……」
リンの声がかすれた。
「ごめんなさい。ずっと誤解してた」
「……」
「あなたの言葉を、呪いだと思ってた。恨まれてると思ってた」
リンは顔を覆った。
「違ったのに」
レナが立ち上がった。リンの前に膝をついた。
「リン」
「……」
「兄さんの代わりに言う」
レナがリンの手を取った。
「許すとか、許さないとか、そういう話じゃない」
「……」
「兄さんは、あなたを守りたくて死んだ。それは兄さんが選んだこと」
レナの目から涙が流れた。
「だから——あなたは生きて。兄さんが守ったものを、大切にして」
リンは泣いた。
声を上げて泣いた。
三年間、泣けなかった涙が、全部溢れ出した。
ミオが抱きしめている。レナが手を握っている。
リンは二人に支えられながら、泣き続けた。
夜になっていた。
涙が止まった。
リンは疲れ切っていた。でも、心は軽かった。
レナが立ち上がった。
「今日は帰る」
「……うん」
「また来る。——友達として」
リンは驚いた顔をした。
レナが笑った。泣いた後の、少しぎこちない笑顔。
「兄さんが信頼した人だから。私も、信頼してみたい」
「レナ……」
「じゃあ、また」
レナが扉に向かった。
振り返った。
「ミオちゃん」
「うん」
「ありがとう。あなたのおかげで、気づけた」
ミオが少し笑った。
「ミオは、リンを守っただけ」
「——うん。それでいいと思う」
レナが去っていった。
二人きりになった。
リンはベッドに倒れ込んだ。疲れた。でも、悪くない疲れ。
「リン」
ミオが隣に横になった。
「大丈夫?」
「……うん」
リンはミオを見た。
「ミオ」
「うん」
「ありがとう」
「何が」
「全部」
リンはミオの手を握った。
「レナと話してくれたんでしょ」
「——」
「わかったわ。あなたが何か言ったから、レナが変わった」
ミオは何も言わなかった。
「バカね。一人で行くなんて」
「リンを守りたかったから」
「……」
「リンが苦しんでるの、見てられなかったから」
リンは目を閉じた。
「ありがとう」
「うん」
「好き」
「——ミオも」
二人は手を繋いだまま、眠りに落ちた。
*第27話 完*