暗い。
足元が見えない。血の匂い。鉄の匂い。
「リン」
声が聞こえる。マルコの声。
「大丈夫だって言ったのに」
背中が裂ける。血飛沫。
「あなたのせいよ」
別の声。レナの声。
「兄を殺したのはあなた」
二つの声が重なる。
「お前のせいだ」「あなたのせいよ」
リンは叫ぼうとした。声が出ない。
「お前のせいで——」
——
リンは目を覚ました。
汗をかいている。心臓が激しく脈打っている。
暗い部屋。窓から月明かりが差し込んでいる。
隣を見る。ミオが眠っている。銀髪が枕に広がっている。
起こしてしまわなかった。よかった。
リンは静かにベッドを降りた。足音を殺して部屋を出る。
廊下は暗かった。
壁に背を預けて、リンは深く息を吐いた。
手が震えている。呼吸が浅い。
——また、あの夢。
最近、夢が酷くなっていた。レナと話すたびに、過去が蘇る。責められるたびに、傷が深くなる。
リンは自分の手を見た。
——私のせいで、マルコは死んだ。
その事実は変わらない。何をしても変わらない。
レナの言葉が頭の中で繰り返される。
「兄は死んだのよ」
「あなたの『わからない』で、兄は死んだ」
「謝って済む話じゃない」
——当然だ。
リンは目を閉じた。
——私といると、人は死ぬ。
マルコだけじゃない。パーティの四人。全員、リンの判断で死んだ。
——ミオも……。
その考えが、リンの胸を貫いた。
ミオ。
今、リンの隣にいる少女。
リンに依存している少女。
——私が、依存させている。
リンは壁を殴った。鈍い痛みが手に走る。
——私といたら、ミオも死ぬかもしれない。
その考えが、頭から離れなかった。
朝。
リンはベッドで目を覚ました。いつの間にか部屋に戻って眠っていたらしい。
隣にミオがいる。まだ眠っている。
リンは天井を見た。
——離れた方がいいのかもしれない。
その考えが、頭の中をぐるぐる回っていた。
「リン?」
ミオが目を覚ました。琥珀色の瞳がリンを見つめる。
「おはよ」
「……おはよう」
リンの声が硬い。自分でもわかる。
「今日、どこ行く?」
「……」
リンは起き上がった。ミオを見ない。
「今日は一人で行く」
「え?」
ミオが起き上がった。
「でも——」
「少し、一人になりたいの」
リンの声が冷たい。自分でもわかる。でも止められない。
「リン……」
「心配しないで。すぐ戻る」
リンは身支度を始めた。ミオの視線が背中に刺さる。
振り返らなかった。
リンが出かけた後、ミオは一人で部屋にいた。
窓から光が差し込んでいる。でも、部屋が暗く感じる。
手が震えている。
——リンがいない。
それだけで、体がおかしくなる。
落ち着かない。何をすればいいかわからない。
リンの指示がない。リンの声がない。
——離れようとしてる。
その考えが、ミオの胸を締め付けた。
リンの態度がおかしかった。声が硬かった。目を合わせてくれなかった。
——なんで?
——ミオが、悪い子だから?
孤児院の記憶が蘇る。
「考えるな。言われた通りにしろ」
「お前は不良品だ」
「見捨ててやる」
——やだ。
ミオは頭を振った。
——リンに見捨てられたくない。
でも、どうすればいいかわからない。
手が震えている。呼吸が浅くなっている。
——リン、早く帰ってきて。
ミオは膝を抱えて、リンを待った。
夕方。
扉が開いた。
リンが帰ってきた。
ミオは立ち上がった。
「おかえり」
「……ただいま」
リンの声がまだ硬い。
ミオはリンに近づこうとした。
リンが一歩下がった。
「リン……?」
「……」
リンがミオを見ない。
ミオの胸が痛くなった。
「リン、今日、どうだった?」
「別に。普通」
「そう……」
会話が続かない。
ぎこちない空気が流れる。
ミオはリンの手を取ろうとした。
リンが手を引いた。
「——やめて」
リンの声が冷たかった。
「今は、触らないで」
ミオは凍りついた。
——なんで。
——なんで、リンが離れていくの。
ミオの目から涙が溢れそうになった。でも、こらえた。
「……うん」
小さな声で答えた。
夜。
同じベッドに横になっている。でも、距離がある。
いつもはくっついて眠る。今日は、隙間がある。
ミオは天井を見つめていた。眠れない。
「リン」
声をかけた。
「何」
「怒ってる?」
「……違う」
「じゃあ、なんで——」
ミオの声が震えた。
「なんで、ミオに触らないでって言うの」
沈黙。
そして、リンの声が聞こえた。
「私といると、あなたも不幸になる」
ミオは息を呑んだ。
「——っ」
「私は人を殺す判断をした女よ」
リンの声が暗い。
「あなたも、いつか——」
「違う!」
ミオが起き上がった。
リンを見下ろす。リンは天井を見ている。ミオを見ない。
「リンは悪くない。何回言えばわかるの」
「わかってないのはあなたよ」
リンの声が冷たい。
「私といたら、あなたも死ぬかもしれない」
「——っ」
ミオの胸が締め付けられた。
「私の判断が間違ったら、あなたが死ぬ。マルコみたいに」
「違う」
「違わない。私は——」
「死んでもいい」
ミオの声が響いた。
リンが目を見開いた。初めてミオを見た。
「リンと一緒なら、死んでもいい」
「何を——」
「ミオが決めた」
ミオの声が震えていた。でも、強かった。
「リンといるって、ミオが決めた。リンが決めることじゃない」
リンが黙った。
ミオはリンの手を握った。
リンは振り払わなかった。
「離れないで」
ミオの声が小さい。
「お願い。離れないで」
「……」
「リンがいないと、ミオ、壊れちゃう」
リンは何も言えなかった。
ミオの手が震えている。リンの手も震えている。
二人は黙ってそうしていた。
長い沈黙。
そして、リンが口を開いた。
「……ごめん」
声がかすれていた。
「ごめんなさい」
「リン……」
「私、怖かったの」
リンの目から涙がこぼれた。
「あなたを失うのが。また、大切な人を失うのが」
「……」
「だから、先に離れようとした。自分から離れれば、傷つかないと思った」
ミオがリンを抱きしめた。
強く。離さないように。
「バカ」
ミオの声が震えていた。
「ミオを傷つけてるのは、リンが離れようとすること」
「……うん」
「離れないで。絶対」
「……うん」
リンもミオを抱きしめた。
二人は長い間、そうしていた。
涙が混じった。体温が混じった。
亀裂は、まだ完全には塞がっていない。
でも、二人は離れなかった。
窓の外で、月が静かに二人を見守っていた。
*第24話 完*