1

その夜。

リンは眠れなかった。

ミオは隣で眠っている。腕に包帯を巻いたまま。深い傷。でも、「痛くない」と言って笑っていた。

——リンを守る。それだけは、ミオが決めた。

ミオの言葉が、頭から離れない。

この子は、自分で何かを決めたことがないと言っていた。孤児院で、「考えるな」と教育されて。自分の意志を持たないまま生きてきた。

なのに——

「リンを守る」

それだけは、自分で決めた。

リンは天井を見つめた。

——私は、どうだ。

3年間、何も決められなかった。動けなかった。過去に縛られて、事務仕事に逃げて。

ミオに出会って、指示を出すようになった。でも、それは「自分が動く」ことじゃない。ミオを動かしているだけ。

私は、まだ何も変わっていない。

「……」

リンはミオの寝顔を見た。

銀髪が枕に広がっている。穏やかな呼吸。無防備な寝顔。

——この子を守りたい。

ふと、そう思った。

今日、ミオは私を守ってくれた。私のために、自分で決めて動いてくれた。

なら、私は——


2

翌朝。

リンは医務室にいた。

「ミオの傷、どうですか」

ドクが包帯を巻き直しながら、答えた。

「深い。でも、致命傷じゃない。1週間は安静だな」

「……そう」

「お前が傷一つないってことは、あの子が庇ったんだろう」

「——はい」

ドクは、リンの顔を見た。

「お前、顔色悪いぞ。寝てないのか」

「……寝てません」

「なんで」

「考え事をしていました」

ドクは、ため息をついた。

「お前らの関係は、どこかで必ず代償を求めてくる。今回がそれだったんだろう」

「——」

「離れた方がいい、とは言わん。でも、覚悟はしておけ」

「覚悟」

「いつか、どちらかが壊れる。そういう関係だ」

リンは何も言わなかった。

ミオが包帯を巻き終えて、起き上がった。

「リン、終わったよ」

「……ええ。帰りましょう」

「うん!」

ミオがリンの手を取った。怪我をした方じゃない手で。

リンは、その手を握り返した。

——覚悟なら、とっくにしている。

この子といる限り、どちらかが壊れる。わかってる。

でも、離れられない。

離れたくない。


3

宿に戻った。

ミオはベッドで横になっている。リンは椅子に座って、本を読んでいる——ふりをしている。

「リン」

「何」

「リン、昨日から変」

「変じゃないわ」

「変。リン、ミオのこと見てる。でも、目が合うと逸らす」

「……気のせい」

「気のせいじゃない」

ミオが起き上がった。腕が痛むはずなのに、平気な顔で。

「リン、何考えてるの」

「……」

「ミオに言って。ミオ、リンのこと知りたい」

リンは、本を閉じた。

「……ミオ」

「うん」

「昨日、あなたは私を守ってくれた」

「うん」

「私のために、自分で決めて動いた」

「うん」

「私は——何もできなかった」

リンの声が、震えた。

「あなたが危なかった時、私は動けなかった。足が動かなかった。3年前と同じで——」

「リン」

「私は、まだ何も変わっていない。指示を出すだけ。自分では動けない。あなたを守れない」

「リン」

ミオがリンの手を取った。

「リン、ミオを守ってくれてる」

「守れてないでしょ」

「守ってる。毎日、守ってくれてる」

「——」

「リンがいなかったら、ミオ、もう死んでた。何回も死んでた。リンが『右』って言ってくれたから、右に行けた。リンが『待って』って言ってくれたから、待てた」

ミオはリンの手を握った。

「それって、守ってるってことでしょ」

「……それは、指示を出してるだけで」

「同じ」

ミオが笑った。

「ミオ、一人だと何もわかんない。リンがいてくれるから、わかる。生きてる。それって、リンがミオを守ってくれてるってこと」

リンは、何も言えなかった。

目頭が熱い。また泣きそう。

「……ミオ」

「うん」

「私も、あなたを守りたい」

言葉が、自然と出た。

「今まで、指示を出すだけだった。自分では動かなかった。でも——あなたのためなら、動けるかもしれない」

「——」

「約束できない。また、動けなくなるかもしれない。でも——」

「うん」

ミオが抱きついてきた。

「リン、ありがとう」

「まだ何もしてないわよ」

「でも、言ってくれた。それだけで嬉しい」

リンは、ミオの背中に手を回した。

「——変な子」

「リンが好きだから」

「……うるさい」

「えへへ」

ミオが笑う。

リンは、少しだけ笑った。

——私も、あなたを守りたい。

言葉にできた。初めて。

それだけで、何かが変わった気がした。


*第08話 了*