1
中層10階。
深層に近い。ここまで来たのは初めてだった。
「この先、大部屋。敵が多い。——6体」
リンの声が緊張している。
「6体?」
「リザードマン4体と、上位種が2体。……きついかもしれない」
「リンが『行け』って言うなら、行く」
「……」
リンは考えた。
6体。今までで最多。上位種は、通常種の3倍は強い。
でも、ここで引き返したら、報酬が——
「行くわ。でも、慎重に。私の指示通りに動いて」
「うん」
二人は、大部屋に足を踏み入れた。
2
戦闘が始まった。
「右から2体来る! まず1体目を——」
「うん!」
ミオが飛び出す。剣が閃く。1体目の首を落とす。
「後ろ!」
振り返る。2体目の攻撃を剣で受ける。火花が散る。
「押し返して、距離を——」
「——っ!」
3体目が横から来た。予想外。リンの感知が遅れた。
ミオが避ける。でも、完全には避けきれない。腕を切られた。
「ミオ!」
「大丈夫、浅い!」
血が流れる。でも、ミオは止まらない。
3体目を斬る。4体目を斬る。
残り2体。上位種。
「ミオ、一度下がって!」
「うん!」
ミオが下がる。リンの横まで。
上位種が、じりじりと距離を詰めてくる。
大きい。通常種より一回り大きい。鱗が厚い。目が鋭い。
「どうする、リン」
「考えてる」
リンは空間を把握し直した。
退路は——ある。でも、背を向けたら追いつかれる。
正面突破するしかない。でも、2体同時は——
「リン」
「待って」
「リン、顔白い」
「——」
手が震えている。呼吸が浅い。
3年前が、蘇る。
中層12階。5人パーティ。退路を断たれた。一人ずつ倒れていく。
——大丈夫だって言ったのに。
「リン!」
ミオの声で、意識が戻る。
上位種が動いた。1体が、リンに向かって——
「——っ」
リンは動けなかった。足が、動かない。
「リン!!」
ミオが飛び出した。
3
指示は、なかった。
リンは「待って」と言った。「考えてる」と言った。
でも、ミオは動いた。
リンが危ない。リンが殺される。
それだけが、頭にあった。
考えるな。言われた通りにしろ。
孤児院の声が、頭の中で響く。
うるさい。
今は、そんなことどうでもいい。
リンを守る。それだけ。
ミオは上位種の前に立ちはだかった。
「——っ!」
剣で受ける。衝撃が腕を駆け抜ける。重い。今までで一番重い。
押される。足が滑る。
でも、退かない。
リンがいる。後ろに。
「ミオ! 何してるの!」
「リンを守ってる!」
「指示してないでしょ!」
「いい! ミオが決めた!」
ミオは叫んだ。
「リンを守る! それだけは、ミオが決めた!」
上位種が再び振りかぶる。
ミオは避けない。受ける。
腕が痺れる。肩が軋む。でも、退かない。
「——っ!!」
渾身の力で押し返す。上位種がよろめく。
その隙に——
「リン! もう1体!」
リンが我に返った。
もう1体の上位種が、横から迫っていた。
「——右! ミオ、右!」
「うん!」
ミオが飛ぶ。右の上位種に斬りかかる。
1体目が追いすがる。リンが魔力弾を放つ。顔面に直撃。怯む。
「今! 心臓!」
ミオの剣が、上位種の胸を貫く。
「もう1体! 背後から来る!」
振り返る。斬る。首が飛ぶ。
大部屋が、静かになった。
4
戦闘が終わった。
ミオは、その場に座り込んだ。息が荒い。全身が震えている。
「ミオ」
リンが駆け寄ってきた。
「怪我は——見せて」
腕の傷。深い。肉が見えている。
「……嘘。全然大丈夫じゃない」
「大丈夫。痛くないから」
「痛覚が鈍いだけでしょ。——動かないで」
リンがポーチから包帯を取り出す。傷口を縛る。手が震えている。
「リン、手、震えてる」
「うるさい」
「リンも怪我した?」
「してない。——あなたが庇ったから」
「よかった」
ミオが笑った。
リンは泣きそうな顔をしていた。
「よくない。勝手に動いたでしょ。私の指示を無視して」
「だって、リンが危なかった」
「だからって——」
「リンを守る。それだけは、ミオが決めた」
ミオは、リンの目を見た。
「リンの言う通りにする。でも、リンが危ない時は、ミオが守る。それは、ミオが決めた」
「……」
リンは何も言えなかった。
ミオの目。虚ろじゃない。初めて見る、強い目。
「ミオ、自分で決めたことなんて、今まで何もなかった。でも、これだけは決めた。リンを守るって」
「……馬鹿」
「うん。馬鹿でいい。リンがいればいい」
リンは、ミオを抱きしめた。
小さな体が、大きな体を抱きしめる。無理がある。でも、構わない。
「……ありがとう」
「リン、泣いてる?」
「泣いてない」
「泣いてる」
「——泣いてない」
ミオが笑った。リンの頭を撫でた。
「リン、かわいい」
「うるさい」
「でも、嬉しい。ミオ、リンに『ありがとう』って言ってもらえた」
「……」
リンは、ミオの胸に顔を埋めた。
涙が止まらなかった。
*第07話 了*