1

休息日。

リンは宿の部屋で、戦術書を読んでいた。

隣で、ミオがパンを食べている。

「リン、本読んでるの? むずかしそう」

「戦術書。読んでも意味ないって思うけど」

「なんで読むの?」

「……習慣」

リンは本から目を上げなかった。

ミオがパンを差し出してきた。

「リン、パン食べる? おいしいよ」

「……いらない」

「甘いの嫌い?」

「……嫌いじゃないけど」

「じゃあ食べて」

ミオがパンを押し付けてくる。リンは諦めて、一口齧った。

甘い。蜂蜜のパン。

「……おいしい」

「でしょ!」

ミオが嬉しそうに笑った。

「リン、ミオと一緒にごはん食べると、おいしいって言う」

「そう?」

「うん。一人の時、『いらない』しか言わない」

「……そうかもしれない」

リンは本を閉じた。

ミオが、リンの隣に座っている。距離が近い。肩が触れそうなくらい。

「……近くない?」

「近い方がいい。リンの匂い、好き。本と、ちょっと埃っぽい」

「埃っぽいは褒め言葉じゃないわよ」

「ミオは好き」

ミオが笑う。

リンは何も言わなかった。

——慣れてきた。

この子の距離感に。この子の無邪気さに。

それが、いいことなのかどうかは、わからない。


2

午後。

二人で街を歩いた。

ミオがあちこち見回している。露店、看板、行き交う人々。

「リン、あれなに?」

「果物屋」

「あれは?」

「武器屋」

「あれ!」

「……服屋」

ミオが、ショーウィンドウに張り付いた。

白いワンピースが飾ってある。

「かわいい……」

「欲しいの?」

「いい。お金ない」

「……」

リンは財布を確認した。中層の報酬が、そこそこ溜まっている。

「買ってあげる」

「え?」

「今月、稼いだから。——似合うと思うし」

ミオの目が、きらきら輝いた。

「いいの!?」

「いいわよ。——着替えてみて」

「やった!」

ミオが店に飛び込んでいく。

リンは、店の外で待った。

——何をやってるんだ、私は。

服を買ってあげるなんて。まるで、姉みたいな——

「リン!」

ミオが出てきた。

白いワンピース。柔らかい布地。銀髪によく似合っている。

「似合う?」

「……似合う」

「本当?」

「嘘は言わないわ」

ミオが嬉しそうに回った。スカートが広がる。

「リン、ありがとう!」

「……どういたしまして」

リンは目を逸らした。

胸が、少し熱い。何だこれは。

——気にするな。


3

夕方。

宿に戻る。

「リン、今日も一緒に寝ていい?」

「……好きにすれば」

「やった!」

ミオが嬉しそうに跳ねる。白いワンピースのまま。

「着替えなさい。寝巻きに」

「うん!」

ミオが着替える。リンは窓の外を見ていた。

夕日が沈んでいく。街が、オレンジ色に染まっている。

「リン」

「何」

「今日、楽しかった」

「そう」

「リンと一緒だと、楽しい」

「……」

「リンは? 楽しかった?」

リンは振り返った。

ミオが、ベッドに座っている。寝巻き姿。銀髪が柔らかく揺れている。

「……悪くなかった」

「悪くなかったって、楽しかったってこと?」

「——多分」

ミオが笑った。

「リン、素直じゃない」

「うるさい」

「でも好き」

「……」

リンは、ベッドに座った。ミオの隣に。

「——私も、嫌いじゃない」

「嫌いじゃないって、好きってこと?」

「……うるさい」

ミオが笑う。

「リン、顔赤い」

「気のせいよ」

「赤い」

「——寝なさい」

「うん」

ミオがベッドに潜り込んだ。リンも横になる。

狭いベッド。二人で寝ると、体が触れ合う。

ミオの体温が伝わってくる。高い。人間離れした身体能力の副産物か。

肩が触れる。足が絡まる。息遣いが聞こえる。

「リン、あったかい」

「……あなたの方があったかいわよ」

「ミオ、体温高いから」

「知ってる」

ミオがリンの手を取った。

「今日もいっしょに寝ようね」

「……ええ」

「明日もいっしょ?」

「……多分」

「やった」

ミオの呼吸が、すぐに穏やかになった。眠っている。

リンは、目を閉じなかった。

ミオの手が、リンの手を握っている。眠っていても、離さない。

——いつから、こうなった?

一緒に食事をして。一緒に歩いて。一緒に寝て。

離れている時間の方が、少なくなっている。

それが——

「……リン」

ミオが、寝言を言った。

「どこにも行かないでね……」

リンは、その手を握り返した。

「——どこにも行かないわ」

誰にも聞こえない声で、呟いた。


4

翌朝。

リンは、ミオより先に目が覚めた。

ミオが、リンに抱きついている。腕を回して、離さないように。

——この子は、無防備すぎる。

でも、嫌じゃない。

リンは、ミオの銀髪を撫でた。指の間を、柔らかい髪がすり抜ける。

「……ん」

ミオが目を開けた。

「おはよ、リン」

「——おはよう」

「リン、ミオの頭撫でてた?」

「……気のせいよ」

「撫でてた」

「気のせい」

「撫でてた!」

ミオが笑う。寝起きの顔。無邪気な笑顔。

「リン、やさしい」

「優しくない」

「やさしい。ミオ、知ってる」

リンは何も言わなかった。

——やさしくなんかない。

私は、この子に依存している。この子がいないと、何もできない。

それは——優しさじゃない。

「リン?」

「何でもない。——起きるわよ」

「うん。今日もいっしょ?」

「……ええ。今日も一緒」

ミオが笑った。

「いつも一緒がいい」

「——そうね」

リンは、小さく息を吐いた。

いつも一緒。

それが、どういう意味を持つのか。

今は、考えないことにした。


*第05話 了*