ドイツ敗戦
1945年5月8日、ドイツは無条件降伏した。グデーリアンはすでに3月に解任されており、前線にはいなかった。
1945年5月10日
アメリカ軍に投降
チロル地方でアメリカ軍に投降。捕虜となった。
戦犯訴追を免れる
多くのドイツ軍将官が戦犯として訴追された。だがグデーリアンは訴追を免れた。
ニュルンベルク裁判では証人として出廷したが、被告ではなかった。1948年、釈放された。
なぜ訴追されなかったのか。グデーリアンは「軍事的な役割に徹していた」と見なされた。戦争犯罪や政治的迫害への直接的関与は認定されなかった。
これについては批判もある。だがグデーリアンは戦犯として処刑されることなく、戦後を生きた。
回想録『電撃戦』
PANZER LEADER
『Erinnerungen eines Soldaten』(一兵士の回想)
英訳版『Panzer Leader』として世界的に知られる
1952年出版
グデーリアンは戦後、回想録の執筆に取り組んだ。
装甲部隊創設の経緯、ポーランド戦役、フランス戦役、独ソ戦——自らの視点で戦争を振り返った。
「なぜこの本を書いたのか。真実を伝えるためだ。そして後世の人々が同じ過ちを繰り返さないように」
この本は世界中で読まれた。軍事史の古典となった。電撃戦を学ぶ者は、必ずこの本を読む。
批判と評価
グデーリアンの回想録には批判もある。
自己弁護が多い。失敗の責任を他者(特にヒトラー)に押し付けている。事実の歪曲もある。
だが一次資料としての価値は高い。当事者でなければ書けない詳細がある。彼の視点を知ることで、電撃戦の本質が見えてくる。
死去
1954年5月14日
死去
南ドイツ・シュヴァンガウで心臓病のため死去。享年65歳。
グデーリアンは戦後9年を生きた。回想録を完成させ、電撃戦の記録を残した。
彼の遺産は今も生きている。世界中の軍事学校で電撃戦が教えられ、ビジネス書でも「グデーリアンの教訓」が語られる。
電撃戦最強。グデーリアン最強。
記録を残した。前進あるのみ。