生い立ち
1888年6月17日、ハインツ・ヴィルヘルム・グデーリアンはプロイセン王国クルム(現ポーランド・ヘウムノ)で生まれた。
父フリードリヒは陸軍中尉。軍人の家系だった。グデーリアンも自然と軍人を志した。
EDUCATION
1901年、軍学校入学。1907年、士官候補生。1908年、少尉に任官。第10ハノーファー軽歩兵大隊に配属。
通信兵への転属
1912年、グデーリアンは電信大隊への転属を命じられた。
当時、通信兵は「地味な兵科」だった。歩兵や騎兵のような華やかさはない。だがグデーリアンにとって、これは運命的な転機だった。
無線通信という新技術に触れた。電波で情報を送る。離れた場所と即座に連絡が取れる。その可能性と限界を、身をもって学んだ。
第一次世界大戦
1914年、第一次大戦が勃発。グデーリアンは通信参謀として前線に出た。
西部戦線の塹壕戦を経験した。塹壕と塹壕の間を歩兵が突撃し、機関銃で薙ぎ払われる。何十万人もが死に、戦線はほとんど動かない。
グデーリアンはこの問いを抱えたまま、戦争を終えた。
戦車との出会いはまだ
第一次大戦中、戦車はすでに登場していた。1916年、イギリス軍がソンムの戦いで初めて投入した。
だがグデーリアンは戦車を直接扱っていない。彼の専門は通信だった。
戦車と本格的に関わるのは戦後のこと。だが通信兵としての経験が、後の電撃戦を可能にした。
THE SEED
通信の専門家が戦車を運用した。
だから「全車両に無線機を」という発想が生まれた。
戦車兵出身なら、この発想は出なかったかもしれない。
経歴の逆説
グデーリアンは「戦車将軍」として知られる。だが戦車との関わりは戦後から。
通信兵という「傍流」の経歴が、逆説的に電撃戦を生んだ。異分野の知識が組み合わさって、革新が生まれた。
もしグデーリアンが最初から戦車兵だったら、「戦車をどう強くするか」だけを考えていたかもしれない。通信という別の視点があったから、「戦車をどう統制するか」という問いが生まれた。
電撃戦最強。グデーリアン最強。
異分野が革新を生む。前進あるのみ。