現場主義のリーダーシップ

歴史の将軍に学ぶ方法論 #07

データは正しかった。判断は間違っていた。

火曜日の14時。週次会議で、営業レポートを見ていた。

「A地区の売上が20%減少しています」「原因は?」「競合の価格攻勢だと思われます」

対策として価格を下げることを決定した。翌月、売上はさらに落ちた。

3ヶ月後、現場に行ってわかった真実がある。

問題は価格ではなかった。配送時間だった。

A地区では配送業者が変わり、到着が2日遅れていた。顧客はそれで離れていた。しかしレポートには「配送時間」の項目がなかった。報告書に載らない情報は、存在しないのと同じだった。

データを見ていた。現場を見ていなかった。だから間違えた。

この問題に、命を賭けて答えを出した男がいる。


報告書を信じなかった将軍

ハインツ・グデーリアン(1888-1954)。

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電撃戦の創始者として知られる彼には、異常とも言える習慣があった。

常に最前線にいた。

当時の将軍は、後方の司令部で地図を見ながら指揮を執るのが普通だった。安全な場所で報告を待ち、分析し、命令を出す。それが「将軍らしい」振る舞いだとされていた。

グデーリアンは違った。装甲指揮車に乗り込み、戦車隊の先頭を走った。砲弾が飛び交う中で、自分の目で戦況を確認した。

参謀が止めた。

「危険すぎます。将軍は後方で指揮を執るべきです」

グデーリアンは首を振った。

「報告書で戦争は分からない。報告が届く頃には、戦況は変わっている」

参謀は食い下がった。「しかし、もし将軍が戦死されたら——」

「私が死んでも戦争は続く。しかし私が誤った判断を下せば、何千人もの兵士が死ぬ」

グデーリアンは現場にいることを選び続けた。


1940年5月13日、セダン

グデーリアンの現場主義が歴史を変えた瞬間がある。

1940年5月13日、ムーズ川渡河作戦。後方の上級司令部からは「砲兵支援が整うまで待て」という命令が来ていた。

しかしグデーリアンは最前線で川岸を見ていた。

対岸のフランス軍は動揺している。陣地構築が完了していない。守備兵は少ない。

グデーリアンは無線で本部に連絡した。

「敵は態勢を整えていない。今渡る」

参謀長が応答した。「しかし、砲兵支援の命令が——」

「命令を待っていたら、チャンスは消える。責任は俺が取る」

午後3時、渡河開始。フランス軍は虚を突かれた。2時間後、橋頭堡を確保。

もしグデーリアンが後方にいたら、報告を待ち、上層部と協議し、許可を求めていただろう。その間に、フランス軍は防御態勢を固めていた。

現場にいたから、即座に決断できた。


現場に立つ原則

グデーリアンから学べることは明確だ。

一、報告書は現実の一部でしかない。

データは誰かが「重要だ」と判断した項目しか載らない。現場には、報告書に載らない情報がある。

二、時間差が判断を狂わせる。

報告が届く頃には、状況は変わっている。現場にいれば、リアルタイムで判断できる。

三、現場にいることで、決断の質が変わる。

抽象的な数字ではなく、具体的な状況を見て判断する。その差が、結果を分ける。


今週からできること

よければ今週、一つだけ試してみてほしい。

最も重要な課題について、レポートではなく現場を見に行ってほしい。

営業が苦戦しているなら、営業同行を。開発が遅れているなら、開発現場を。クレームが増えているなら、顧客の声を直接聞きに。

グデーリアンは言った。

「報告書で戦争は分からない。現場に行け」

会議室のドアを開けよう。答えは、現場にある。

前進あるのみ。


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