組織の抵抗を突破する技術

歴史の将軍に学ぶ方法論 #04

「前例がないので」

水曜日の15時。役員会議が終わった。

3ヶ月かけて作った新規事業の企画書。市場調査も、収益シミュレーションも、競合分析も完璧だった。

役員の反応は冷ややかだった。

「これ、うちでやる意味ある?」「リスクが大きすぎるね」「まあ、もう少し検討してから」

最後に常務が言った。

「前例がないので」

企画書はそのまま持ち帰ることになった。

帰りのエレベーターで思う。データは揃えた。論理は通した。なのになぜ通らないのか。

正しいことは、通らない。

これは皮肉ではなく、組織の現実だ。この壁と20年以上戦い続け、最終的に勝利した男がいる。


軍隊をぶち壊そうとした将校

ハインツ・グデーリアン(1888-1954)。

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電撃戦の創始者として知られるが、彼がその戦術を実現するまでには、10年以上の組織内闘争があった。

1920年代、グデーリアンは革命的な戦術を構想していた。「戦車を集中運用し、高速で敵後方に突進する」。しかし当時のドイツ軍上層部は、第一次大戦の塹壕戦しか知らなかった。

グデーリアンは演習で自説を証明しようとした。上官たちを招いて装甲車両の機動演習を実施。結果は成功だった。

上官の反応は、こうだった。

「なかなか面白いが、実戦では使えないね」

グデーリアンは食い下がった。

「では何が足りないのですか? データですか? 理論ですか?」

上官は笑って答えた。

「前例だよ、グデーリアン。前例がないことは、軍ではできない」

普通なら、ここで諦める。出世のために上の意見に従う。

グデーリアンは違った。彼は怒りを燃料に変えた。

「前例がないなら、作ればいい」


10年かけた突破

グデーリアンは3つの戦略で組織の壁を突破した。

第一に、小さな実績を積み上げた。

大規模な改革を一気に通そうとせず、自分の管轄内で成果を出し続けた。1930年代、彼は装甲部隊の訓練で「不可能」とされた機動力を何度も実現した。誰にも否定できない実績を、静かに積み上げた。

第二に、理論を本にした。

1937年、『Achtung Panzer!(注意、戦車!)』を出版。自分の戦術思想を体系化し、公に発信した。これにより軍内外に支持者が生まれた。反対派は「上官に逆らう本」と非難したが、グデーリアンは気にしなかった。

「本になれば、私がいなくなっても思想は残る」

第三に、決定権者に直接アクセスした。

グデーリアンは装甲部隊のデモンストレーションにヒトラーを招いた。戦車隊が高速で機動し、陣形を変え、目標を破壊する。その光景を見たヒトラーは言った。

「これこそ私が求めていたものだ」

中間管理職の抵抗は、一瞬で無力化された。

1939年9月、ポーランド侵攻。グデーリアンの装甲部隊は、彼が10年間主張してきた通りに機能した。ポーランド軍は1ヶ月で崩壊した。

もはや誰も「前例がない」とは言えなかった。

10年かけて、グデーリアンは「前例」を自分で作った。


組織突破の原則

グデーリアンから学べることは明確だ。

一、正論は武器にならない。

「正しいから通る」と思うな。正しいアイデアは、誰かの既得権益を脅かす。だから抵抗される。

二、小さな実績を作れ。

大きな改革を一気に通そうとするな。まず自分の管轄内で証明しろ。実績は、理論より雄弁だ。

三、決定権者に直接届けろ。

中間管理職は変化を嫌う。彼らを説得するより、決定権を持つ人間に直接アクセスする方が早い。


明日からできること

よければ明日、一つだけ試してみてほしい。

今、壁に阻まれているアイデアがあるなら、こう問いかけてほしい。

「このアイデアを、小さく証明できる場所はないか?」

全社導入を通そうとするな。まず自分のチームで、3人で、1週間で。小さな実績を作ってから、次に進めばいい。

グデーリアンは言った。

「前例がないなら、自分で作れ」

その小さな成功が、10年後の歴史を変えるかもしれない。

前進あるのみ。


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