権力者への反論の技術
歴史の将軍に学ぶ方法論 #10
あの時、何も言えなかった
水曜日の16時。役員が出席する企画会議で、明らかに間違った方向性が決まりそうだった。
「この方針で進めます。異論はありませんね?」
異論はあった。このまま進めば失敗する。データも根拠も頭の中にあった。
でも、言えなかった。
「……特にありません」
3ヶ月後、プロジェクトは予想通り失敗した。あの時言っていれば——という後悔が残った。
言うべきことを言わなかった。だから止められなかった。
この後悔を、何度も経験しながら、それでも「言い続けた」男がいる。独裁者に面と向かって反論し続けた男だ。
ヒトラーに「NO」と言った将軍
ハインツ・グデーリアン(1888-1954)。
グデーリアン聖地 | TAKAWASI →
電撃戦の創始者であり、後に陸軍参謀総長となった将軍だ。彼には、際立った特徴があった。
権力者に対して、はっきり「NO」と言った。
1944年、東部戦線。ヒトラーが「現在地を死守せよ」と命じた時、グデーリアンは反論した。
「総統、それは軍事的に不可能です。撤退して防衛線を再構築すべきです」
会議室が凍りついた。当時、ヒトラーに逆らった将軍は解任されるか、処刑された。多くの将軍は、内心で反対しても口には出さなかった。
ヒトラーは怒った。
「お前は臆病者か!」
グデーリアンは動じなかった。
「臆病ではありません。事実を申し上げています。現在の兵力は20万です。敵は60万です。この戦力差で死守すれば、全滅します」
感情ではなく、数字で語った。それでも命令は覆らなかった。しかしグデーリアンは、言い続けた。
反論の技術
グデーリアンは解任と復帰を繰り返した。完全に排除されなかったのは、彼の反論の仕方に技術があったからだ。
一、感情ではなくデータで語った。
「私はこう思う」ではなく、「戦車が〇〇台必要だが、現在〇〇台しかない」と具体的な数字を示した。感情論は権力者を怒らせる。事実は反論しにくい。
二、代替案を用意した。
単に「反対です」と言うのではなく、「こちらの方が効果的です」と別の選択肢を提示した。批判だけでは敵を作る。解決策を示せば、協力者になれる。
三、戦う場所を選んだ。
グデーリアンはすべてに反論したわけではない。致命的な問題にだけ声を上げた。些細なことで消耗しなかった。
1941年12月、モスクワ前面での撤退を主張して解任。1943年、装甲兵総監として復帰。1945年、再び反論して解任。
彼は何度排除されても、戻ってきた。正しいことを言う人間は、いつか必要とされる。
反論の勇気と技術
グデーリアンから学べることは明確だ。
一、言わなければ、止められない。
間違った方向に進んでいる時、沈黙した者には責任がある。「言っても無駄」と思っても、言わなければ可能性はゼロだ。
二、反論には技術がいる。
勇気だけでは排除される。データで語り、代替案を示し、戦う場所を選ぶ。それが「聞いてもらえる反論」になる。
三、正しいことを言う人間は、いつか戻れる。
一時的に排除されても、組織は正しい意見を必要とする。グデーリアンは何度でも復帰した。
今週からできること
よければ今週、一つだけ試してみてほしい。
次に「言うべきこと」があったら、こう準備してみてほしい。
1. 感情ではなく、データ(具体的な数字)を用意する
2. 反対だけでなく、代替案を用意する
3. 「これは致命的か?」を自問する。致命的なら、言う
グデーリアンは言った。
「間違った判断を止められるのは、反論できる人間だけだ」
言うべきことを、言おう。
前進あるのみ。